運営者プロフィール


運営者プロフィール 

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広告業界にてブランディングとプロモーションの経験20年をもとに、
ミッション「ビジネスを創造的に推進させる人材、クリエイティブ・パーソンの創出」を
掲げる「佐野芳己(サノヨシキ)」とは?
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こんにちは!

サロン経営者・セラピストのための
スクール開業・集客支援コンサルタントの佐野芳己(サノヨシキ)です。

三重県鈴鹿市という地方に生まれ、
その後、東京で広告を中心にさまざまな企画やプロデュース、
コンサルティングなどを行なってきた道のり、

クリエイティブな仕事に従事してきたことから
新しいビジネスを生むことに情熱を注ぎ、

そして、

スクール事業という新規事業でビジネスモデルを転換し、
売上を一気に上げる手法の開発(サロン経営者・セラピスト向け)

今後の
「ビジネス領域において創造的な人材を創出する」という想いにいたる
経緯などについてご紹介したいと思います。

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三重県の公立高校・英語教師の長男として、生まれました。
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1965年5月8日、母親の実家のある名古屋市の病院で生まれ、
その後、三重県鈴鹿市で育ちました。

父親は、昭和一桁生まれで、
また教育者であったことから頑固で厳しい父親でした。

母親は、のんびりした人で、
私はバランスよく育てられたんだと思います。

また、鈴鹿市は本田技研を始めとした工場があり
経済的には活気がありますが、

全体としてのんびりしていて、
いい環境で育ったんだと思います。

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モノを作るのが大好きな子供でした
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父方の家系にも、母方の家系にも
芸術的な職業についた人は見当たらないのですが、

なぜか、幼い頃から私は、
絵や落書きを描くのが好きで、
暇があると描いていました。

その他、
プラモデルや模型、ラジオなど
さまざまなもの作り出す創作活動に熱中していました。

また、
親から買ってもらった偉人伝では、
とくにエジソンに興味を持ち、

新しいアイデアを形にしていくことに
夢中になりました。

小学校3年生の時、
「天才バカボン」に魅了され、

漫画の世界に目覚め、

友人たちとノートに
漫画を毎日毎日描いていました。

「大人になったら、何になるの?」という質問には、
「発明家か、漫画家」と答えていました。

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デザインと広告に魅了された高校時代
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高校生になるとデザインに興味を持ち、
人が作り出したものすべてがデザインされている不思議さに
なぜか一人で感心していました。

また、当時は、広告ブームで、
糸井重里さんが西武百貨店に
「おいしい生活。」というコピー等で有名になり、

NHKで「You」という討論番組を持っていました。
広告が時代の最先端、牽引役を担っていました。

資生堂やサントリー、家電、車メーカーなどが
さまざまな企業がテレビCMやポスターなど
広告にたくさんのお金をつぎ込み、
文化的な香りを発信し続けていました。

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大学で、工業デザインを学ぶ
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大学では、
やはりデザインをしようと思い、
いろいろ考えた末、

千葉大学工学部にある工業意匠学科を受験し、
合格しました。

工業意匠という言葉は馴染みがないですが、
「工業デザイン」という意味で、
車や電気製品、家具などをデザインする方法や理論を学びます。

しかし、
大学3年の時、
就職のことも考えて進路を工業デザインではなく、
広告に定めました。

それは、有名な電気メーカーでも
一度ある機種のデザイン担当になると
3年は変われないということを聞き、

いろいろとやっていきたいと考えていた私には、
一つのことをずっとやっているのは、
非常に退屈に思えました。

短いタームで
作り続ける広告が若い私には刺激的に見えました。

高校生から受けていた広告からのエネルギー、

その当時、西武百貨店やパルコなど
広告やポスターから放たれていた光はすごくまばゆかったので、
私は広告に惹きつけられました。

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銀座にある広告代理店に入社。クリエイティブ局に配属
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すごい倍率を経て、
銀座にある広告代理店に入社、

念願かなって
クリエイティブ局に配属されました。

広告制作者として
ここから第1歩の始まりです。

順風満帆に見えました。

でも、その当時はバブル期で、
マスコミでもともと人使いが荒いのに加え、
仕事は大忙し、

自分はまだ新人で仕事ができず、
毎晩のように接待づけ、
心身ともに疲れ果てていました。

広告を企画制作するはずが、
会社は忙しすぎて、
仕事をどんどん外注し、社員は接待がメインになる。

営業はまだしも、
我々スタッフも総出で接待三昧、
かなりおかしい状態が続いていました。

人間関係の調整がメインの仕事となっていて
自分の人生で一番つらい時期でした。

女優さんやタレントさんを撮影、
夜は飲み会と一見華やかに見えますが、

心身共に疲労して、
この当時は本当に自分を見失っていました。

自分で作り出せない状況に
どうにもならない仕事環境。

洗濯機の中で掻き回されているような
そんな状態。

自分らしさが完全に削がれた状況でした。

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バブル崩壊から、イタリア留学へ
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1~2年経ち、バブル経済が崩壊。
自分自身も、ようやく仕事を覚えてきて、

自分に振りかかってくるさまざま問題に
対処できるようになってきました。

この時、
どんな状況においてもポジティブに
「創造的に問題解決する」という姿勢を
身につけたと思います。

これは、広告の企画をしたことによる大きな効果です。

というのも、
広告の企画をする時、

自分がこの仕事いやだなと少しでもネガティブに思っていると
絶対にいい仕事ができない、面白くならないということが
身にしみてわかったからです。

そのおかげで、
プライベートでも、どんなマイナスの状態でも、
その中でプラスな所・ポジティブにとらえられるところを
探す癖ができていました。

そして、入社後4年経ったころ、
5年を期に会社を辞めて、
イタリアへ行こうと思い立ちました。

突然、そう思いました。

せっかく入れた広告業界、広告代理店ですが、
何か自分の進むべき方向とのズレを感じ、

もう一度、やり直したい、
そして、パワーアップしたい、

そんな思いからでした。

よく、「どうしてイタリアだったんですか?」と
聞かれるのですが、

アメリカやドイツ、イギリスなどのデザインに対し、
イタリアはどうしてこんなデザインになるんだろう?

と思うことがあり
イタリアに行ってその訳を知りたいという思いがありました。

大学時代に、
さまざまなイタリアデザインに触れていたのも
大きかったと思います。

時期もバブルだったので、
お金を結構貯めることができたので、
実現できました。

バブルは狂っていると思いましたが、
そのバブルによって、
私はイタリアへ行けたのです。

自分を見失わせたバブル経済が
新しい自分作りのイタリア行き切符を買わせたのです。

不思議な巡り合わせです。

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イタリア人から教わった人生を前向きに楽しむ方法
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フィレンツェの南に中世の町シエナがあります。
そこにあるシエナ大学外国人学校でイタリア語を学びました。

イタリア語が話せない時に、アパートを探し、
イタリア語が話せないのに、
初日から、イタリア人のシエナ大学の学生達と飲みに行きました。

楽天的が取り柄です(笑)。

イタリア語を5ヶ月学んだあと、
ミラノへ移りました。

イタリアへ来たので、デザインが勉強したくなり、
ミラノ・ポリテクニカデザイン学校に入学しました。

本当は、ぶらぶらして、1年位して日本へ帰ろうと思っていましたが、
デザインの勉強がしたくなったのです。

1年でビジュアルデザイン、
次の1年でインダストリアルデザインを学びました。

一度、働いてから学ぶと
意味が良くわかり、非常に有意義な時間となりました。

ただ、後から振り返ってみると、
デザインそのものよりも

イタリア人の生き方、
自分の人生を舞台のように捉え、

その舞台を充実させていこうとするその美意識に
一番触発されたと思います。

もともと
楽天的で前向きな考え方を持つ私ですが、

このイタリアへの留学で、
自分の基盤がゆるぎないものとなりました。

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イタリアで考えさせらた、教育事業
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シエナでイタリア語を学び始めた時、
先生は、イタリア語しか話しません。

中級クラスへ行けば、生徒は少しはイタリア語がわかるので、
先生はイタリア語を教えるのは、そう難しくはありません。

でも、最初歩のクラスを受け持つ先生は、
イタリア語がまったくわからない外国人に

イタリア語しか使わずにイタリア語を教えるのですから、
その力量はすごいものがあります。

デザイン学校の時も
理論と実技の授業が連動して、

生徒の頭の中で化学反応するように作られていて、
これにも感動しました。

また、何より、授業のない日に
ミラノの街中でぶらぶらと散歩するのも

様々なデザインが目に飛び込んできて、
刺激的でした。

ふと思うと、
高校生の時にも教育で感動したことがありました。

それは、
高校2年生の時、

高校の同級生の何人かが
代々木ゼミナールの夏期講習へ行くというのです。

私は三重県鈴鹿市にいましので、
代々木ゼミナールのある名古屋へ毎日いけるのはいいと
自分も行くことにしました。電車で1時間ほどです。

夏休みに夏季講習へ行きたいと言うと
親はすぐに賛成してくました。

勉強に関しては、
両親は前向きでした。

そこで、
公立の学校しか行っていない私にとって、

有名な予備校の先生たちの授業は別格
だと思いました。

教室に生徒が200人以上いると思うのですが、
まるでタレントのトークショーを見ているように惹きつけられ、
みんなの心を掌握していました。

あの時と同じ、
ここイタリアでも優れた教育は、
すばらしいコンテンツ。

お金を払う価値のあるもの。

楽しくで為になり、
いつの間にか自分の頭に新しい考え方や知識が身についている。

私は知らない間に、
優れた教育に何度か触れていました。

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帰国して、グラフィックデザイナーから再出発
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30歳で帰国。

帰国して、小さなデザイン事務所に勤め、
本当にデザイン三昧、
寝ている時以外は、ずっとデザインしていた感じです。

この後もずっと、会社を変わっても、
デザインと広告の企画・制作に没頭してました。

本当に、寝ている時間以外は
デザインをしているといった状態でした。

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広告の中心がWebへ、そして経営とお金への関心が高まる
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「続きはWebへ。」とか
「○○で検索!」というように、

広告におけるWebの台頭と共に、
表現の中心がWebになっていきました。

ある大きなクライアントから、
「インターネットやケータイがわからなければ
広告はありえない。」
と言う言葉を聞いた時から、

すぐに、Web企画制作を始めました。

また、
将来、独立するという想いから、
経営のことを少し学びはじめました。

この時、
経営とお金の面白さを覚え、

それと同時に、

広告制作やデザインの労働集約型ビジネスの効率の悪さも
わかってしまいました。

このころから、
紙媒体を主体としたデザインから

Webを中心とし、マーケティング主体のプロモーションやブランディングに
力をいれるようになりました。

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マーケティングコンサルタントとして独立へ
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Webを中心にプロモーションやブランディングをやっているうち、
徐々に広告が時代の花形ではなくなり、

大企業の広告に携わるのが、
それほど面白いことではなくなってきました。

これは時代性かもしれません。

かつて、広告業界の花形だった糸井重里さんも
「ほぼ日」の企画などが中心で
すでにコピーは書いていないという状態になりました。

そして、私は、
小さな会社や個人をメインに支援する、
マーケティングコンサルタントとして独立しました。

私のまわりに個人事業主として働く女性が多かったことや、
私がイタリアから帰国してすぐの頃ワイン会を度々開催していたことが
後のサロンビジネス支援に結びついてきました。

現在、
小さくても、やる気のあるサロン経営者、セラピストの方を中心に
施術などのサービスの他、

スクール事業の展開、物販などで一気に売り上げを向上、
新しいビジネス展開ができるよう、ご支援しています。

新しいことを企画し、それを実行、形にしていくことは、
これからも変わりません。

自分自身がクリエイティブ(創造的)なことを行い、
またクリエイティブなビジネスを生み出せるクリエイティブ人材を育てられるよう、
頑張っていきたいと思っています。

今後ともどうぞよろしくお願いします。

 

マーケティングコーチ
サロン経営者・セラピストのためのスクール開業・集客支援コンサルタント
佐野芳己

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